日本という国の閉鎖性

UNC Greensboroに異動してから3か月がたち、モノがわからないなりに何とか回している(と信じたい)。最初のセメスターはラボの立ち上げということでTeaching offになっているのだが、結局代行などでちょこちょこ教壇に立つ。手探りで授業をしてみると案外できることがわかり、次のセメスターも何とかなりそうだという感覚が得られつつある。しかし、ラボスペースの改修工事が遅れに遅れ、やっと10月の終わりに荷物を運びこんだ。この段ボールの山を整理しなければならないと思うと気が滅入る。 さて、現状はこんな感じなのだが、この数か月の間で「日本の閉鎖性」を改めて感じさせられることがあった。今回この研究室を立ち上げるにあたり、日本と海外の繋がりの要になるような場所を作りたい‐そんな風に考えていた。日本の人材を学生やポスドクという形でリクルートし、国際交流の活発なラボにできればと妄想していたのである。しかし、この考えが甘いということにリクルートし始めてから気づいた。そう思った経緯を書き残しておきたい。 そもそも、なぜ日本人のリクルートを頑張りたいと思ったかというと、理由は二つある。一つ目は、日本人が平均的に見て能力の高い人材が多いこと(特に数学)。二つ目は、自分自身「海外に行きたい」と強く思いながらも、キッカケが作れずに思い悩んでいた時期が長かったので、そんな人の手助けになる場所にしたいということがあった。マヌケな私は、「博士課程の学生、あるいはポスドクとして人材をリクルートすればよい」-そう単純に考えていた。アメリカ向けのMLやJob Boardだけでなく、日本向けのMLにも情報を流して応募を待った。博士課程の学生については、アメリカ国内だけでなく、ヨーロッパやアジア諸国からも応募があった。しかし、日本からの応募はないどころか、問い合わせすらなかった。 単純に、海外に行くのに日本人PIのラボで研究するなんて、ということだったのかもしれない(あるいは私があまりに魅力がなかったか)。しかし、もしこれが海外進出に対する日本人の姿勢を少なからず反映しているとしたら、それはとても残念な状況だと思う(以後、そう仮定して話を進める;異論は認めない)。むやみに海外に出たほうがいいとは思わないが、「海外も視野にいれて進学先を選んだほうがいい」のは真実だろう。なぜなら、海外のほうが日本より優れている点は多々あるし、学生の内に海外に出るほうが人脈形成の点からみても利点が多いからだ。例えば、アメリカの大学院のプログラムは給与を支払うのが一般的なので(私の大学では$25000/y+学費免除)、経済的な面で言えば日本の博士課程よりもよっぽど心配がない。そのほかにも、学生時代の繋がりはその後の人生を非常に豊かにしてくれると思う。私は30歳でポスドクとしてアメリカに来たけれども、やはり学生時代にしかない感覚があるように思う。 どうして、日本の学術界はかくも閉鎖的なのか。上に書いたことと矛盾するかもしれないが、たぶん、日本の学術界は「十分優れている」のだと思う。要するに、海外に出ずとも研究成果を世界に向けて発表することは可能であるし、(競争があるとはいえ)他のアジア諸国に比べれば研究職は多い(はず)。個人の努力と才覚次第では、NatureやScienceも十分狙えるのだ。ふと、こう思うこともある。「著名な学術雑誌にいい論文を発表することに特化する」、これも一つの戦略なのでは、と。 しかし、私が一番研究をしていて「楽しい」と感じた瞬間は、「その研究、面白いね」と生い立ちも使う言語も違う人から言われた時だった。ああ、これまでの人生で全く接点がなかったのに、同じものを見て面白いと思えるんだなぁ、と。そもそも、研究の根幹には「客観的知識・知見の共有」があり、それはコミュニケーションに他ならない。「いい雑誌に論文を載せる」という「作業」に特化したとき、そこに研究することの楽しさがどれだけ残されているのだろうか。日本の研究の質は高いし、面白いと思う。しかし、何か「日本が置き去り」にされている感覚がぬぐえないのは、母国語以外で研究成果の共有を強いられる中で、研究の「コミュニケーションツール」としての機能が損なわれた部分があるからではないだろうか。閉鎖的な大学や研究環境を改善しない限り、こうした傾向は強くなるのは確かだろう。それがいいことなのか、悪いことなのか、私にはわからない。ただ、いたい場所かと問われると、それはどうなんだろうと思う。

恥ずかしい英語の間違い

Summary アメリカに来て二年が経ったが、いまだに恥ずかしい英語の間違いを繰り返してばかり。そんな失敗談のまとめ。 No thanks だれも知り合いがいない国際学会に一人で参加し、Burger Kingに行った時の話。当時(博士課程2年)、英語がおぼつかないながらも何とかハンバーガーを注文し、席で普通に食べていた。そうすると、店員の人がテーブルを回りながらお客に声をかけている。 "How XXXing?" 断片的にしか聞き取れていないのでなんのやり取りなのかさっぱりわからない。そしてついに私のテーブルにも来て、何やら同じようなことをしゃべりだす。何を言っているかわからない。だけど何か返さなければならない。そんな中、私は必死になにか手掛かりとなる情報を探し、その店員さんがケチャップとマスタードを持っていることに気が付き、これは「ケチャップいる?」とかその辺を聞いているに違いない!と合点した。味はしっかり濃い目だったので、調味料の類はいらないと思い、自身満々でこう答えた。 "No thanks" 周りの人たちが「ぎょっ」とし、店内の空気が凍ったのを覚えている。店員はバツの悪い笑顔を浮かべて去り、なにかこちらを睨みつけながら他の店員と話している。いったい、なにが起こったのだ。 あとあと思い返すと、おそらくあれは "How is everything?" と話しており、「ハンバーガーどう?」みたいに聞いていたのだと思う。それに対して私は、「全然ないわ」みたいな返しをしたことになる。ああ。 What are you working on? ポスドクの飲み会があり、それに参加して話していた時の話。目の前でビールを飲むブラジル人のポスドクがいたので、なんの研究をしているのか聞いてみようと思い、"What are you working on?"と聞いた。そうすると、 "I'm working on beer." と返ってきた。確かにそうだ。彼はビールを飲んでいる。無意味に現在進行形にしてはならないことを学んだ。 Everything 同じ部屋にいるポスドクにペンを借りようと思い、声をかけた時の話。貸して、というと(パンパンのペン立てを見せながら)どのペンがいいと言ってきたので、どれでもいいよ(Anything)、というつもりで "Everything" と答えてしまった。今でも恥ずかしい。 XXXgraXXX アメリカに住んで1年半がたち、次のポジション探しをしていた時の話。海外学振の任期は2年間なので、そろそろ次の当てを見つけなければならない。そう思い、アメリカと日本のポジションに応募していた。アメリカのポジションはすべてOnline Applicationなので楽なのだが、日本のポジションは海外からでも郵送で応募しなければならない。その時、応募書類のデータをCDに入れて送ってください、とするポジションがあり、(それだったらメールで出させてくれよ、とか思いながら)USPSの事務所に郵送手続きに向かった。 受付の姉ちゃんに封筒の中身は何だと聞かれCDだと答えると、「~でないこと」を証明する項目に署名してくれといわれるが、~の部分がXXXgrXXX contentsとしか聞こえず、「え?え?」と聞き返しまくった。そうすると、姉ちゃんの機嫌はどんどん悪くなってゆく。そこで目を落として書類を見ると Pornographic と、書いてある。あぁ、そうか。エッチなDVDを国外輸送されると困るから、そうではないことを証明してくれといっていたのか。どうやら私は、USPSの受付の姉ちゃんにPornographicを連呼させるという離れ業をやってのけたらしい。ごめんなさい。 Can I borrow a restroom? 友人の家に招かれ鍋をしていた時の話。トイレに行きたくなったので「トイレ貸して」のつもりで "Can I borrow a restroom?" というと、友人は軽く笑いながら"No"といった。え、マジ、と困惑していると、理由を教えてくれた。Borrowはペンなどのように「持ち手から”取って”借りる」場合を指すらしく、今回の場合のように使うと「トイレ丸ごと持ち出して借りてもいい?」という意味になるらしい。みなさん、Useを使いましょう。

J1 Visa: Two Year Ruleの落とし穴

Summary 注意事項 以下の記載内容は、筆者の個人的な経験をまとめたものにすぎません。間違いがないよう気をつけましたが、本記事の情報をもとに不利益を被ったとしても一切の責任を負いかねますのでご留意願います。 経緯 現在J1ビザでアメリカに滞在している私は、8月から始まる新しい職に就くためにH-1Bビザに切り替える必要があった。しかし、この関係で非常にややこしい問題にぶち当たった。J1ビザに伴う帰国義務(2年ルール)に課されていないものと信じていたのだが、実は課されていることが判明し、H-1Bビザに申請できない状態に陥ってしまったのである。この経緯について、今後同じような問題に陥る人が少しでも減るよう情報をまとめておきたいと思う。 J1ビザの帰国義務(2年ルール) J1ビザとは、知識の国際交流を目的に創設されたアメリカのビザのカテゴリーであり、その取得の容易さから多くの研究者がアメリカに長期滞在する際に利用している。しかし、その容易さと引き換えに制約がある。それが今回の問題の発端となった2年ルール(Two-Year Home-Country Physical Presence Requirement)である(参照)。このルールは、アメリカで経験を積んだのちに最低2年間は母国で過ごさない限り(もしくは帰国義務免除が承認されない限り)、Hビザやグリーンカードなど、特定のビザに申請できなくなるというものだ。ただし、このルールはJ1ビザで渡航している人すべてに課されているわけではなく、以下の条件のいずれかを満たした人に課されるとされている(アメリカ国務省のWEBページにより;参照)。 Government funded Exchange Program - You participated in a program funded in whole or in part by a U.S. government agency, your home country’s government, or an international organization that received funding from the U.S. government or your home country’s government. Specialized Knowledge or … Continue reading J1 Visa: Two Year Ruleの落とし穴