岩手県・安家川のカワシンジュガイについて

絶滅危惧種カワシンジュガイの産地として有名な岩手県・安家川において、カワシンジュガイの移植が行われていることを知りました(Link)。2016年の台風被害を受けて河川改修の必要が生まれ、その過程でカワシンジュガイの生息地が改変されることになったためのようです。この件について、カワシンジュガイの生態を研究してきたものとして思うところがあったので、簡単にまとめたいと思います。

イシガイ類の移植

まず最初に、イシガイ類に関しては、「移植」が効果的なケースはごく稀である事実を抑える必要があると思います。北アメリカのイシガイ類では、これでもかというくらい多くの移植失敗の事例があり、移植先で激減するか、完全にいなくなるかのいずれかである場合がほとんどだとされています(Haag 2012)。遺伝的ボトルネックなどを経験している場合を除き、「移植あるいは人工繁殖個体の導入は失敗する可能性が極めて高い」と認識すべきでしょう。このため、安定的に維持されている集団に対して移植を施すことは、社会的背景が許す限り避けるべきと思います。しかし、今回の安家川のケースのように、移植以外の選択肢がない場合も多いので(むしろこちらの方が多数派?)、希望の持てる移植をするためにはどうすればよいかを考える必要があります。この場合、結論としては、「より上流の生息地の中で、カワシンジュガイの集団が現在も維持されている場所に移植する」というのがもっとも現実的な選択肢だと考えています。その理由は以下の二つです。

理由1 個体の供給を通じ、上流の集団がより下流の集団を支えている

それぞれの集団は自立的に維持されているわけではなく、少なからず他集団から移動してくる個体に助けられています。川の場合、上流方向と下流方向の移動がありますが、カワシンジュガイの場合は下流方向の移動が卓越していると考えられます。なぜなら、カワシンジュガイが上流に移動できる期間は、宿主であるヤマメに寄生している幼生期(一か月程度)だけであり、数十年にわたる余生は水流にさらされ続ける底生生活者として暮らすからです。実際に、ヤマメによる上流への移動は限定的であり(Terui et al. 2014a, Terui et al. 2015)、“上流の集団がより下流の集団を支える”集団構造を持つことが既存研究から示唆されています(Terui et al. 2014b)。数十年から数百年という時間をかけて上流へ進出し、それらがより下流の集団を支える―これがカワシンジュガイの基本的な集団維持の仕組みになっていると思われます。以上の理由から、「より上流の生息域のなかから移植先候補を探す」というが最初のステップになると思います。

理由2 カワシンジュガイの生息適地は彼らにしかわからない

では、上流の生息域のなかからいかに候補地を絞ればよいのか、という話になります。実は生息適地の判断が非常にむずかしく、現状では「カワシンジュガイにしかわからない」というのが本音です。このため、すでにカワシンジュガイの集団が維持されている場所を候補とするしか選択肢がないように思います。もちろん、カワシンジュガイを含むイシガイ類の生息適地を明らかにしようと試みた研究はたくさんあります(Strayer 2008、Haag 2012の総説を参照)。ですが、確証をもっていえることといえば、「コンクリートや岩盤は無理(当たり前)」「あきらかに水質が悪い場所は無理」「洪水時にも安定している場所がいい」くらいです。他にも、河床間隙中の水質(Strayer and Malcom 2012)や河床の細粒土砂の影響(Geist and Auerswald 2007)を指摘する研究はありますが、そうした場所を選ぶには労力がかかりすぎますし、選んだとしても成功する保証はありません。労力と見返りを天秤にかけると、すでにカワシンジュガイの集団のある場所を探すのが手っ取り早く、かつ成功する可能性もわずかながらあると思われます。

まとめ

現場の情報が全くない中でよりマシな移植先を探すには、上の手順に従うのが無難と思います。一方で、もし現場で詳細な生息環境情報などが集積されているならば、その知見にそって進めるほうが良い場合もあると思います。ただし、イシガイ類は、基礎生態に関してわかっていないことの方が多いので、いずれの場合でも(カワシンジュガイに関しては)上に書いたことは心に留めてほしいと(あるいは社会的背景がそれを許すことを)願うばかりです。また、今回、岩泉町の天然記念物であるカワシンジュガイが、どのような過程を経て「移植」という決断に至ったかを把握する術はありませんが、さまざまな社会的制約のなかで苦渋の決断をされている方々もたくさんいらっしゃると思います。そうした方々の心労・保全の精神が報われる日が来ることを願います。

引用
Geist J and Auerswald K. Physicochemical stream bed characteristics and recruitment of the freshwater pearl mussel (Margaritifera margaritifera). Freshwater Biology 52: 2299-2316.
Haag WR (2012) North American Freshwater Mussels: Natural History, Ecology, and Conservation. New York, USA. Cambridge University Press
Strayer DL (2008) Freshwater mussel ecology: a multifactor approach to distribution and abundance. London, University of California Press
Strayer DL and Malcom HM. (2012) Causes of recruitment failure in freshwater mussel populations in southeastern New York. Ecological Applicatioins 22: 1780-1790.
Terui A and Miyazaki Y. (2015) A “parasite-tag” approach reveals long-distance dispersal of the riverine mussel Margaritifera laevis by its host fish. Hydrobiologia 760: 189-196.
Terui A, Miyazaki Y, Yoshioka A, Kadoya T, Jopp F, Washitani I. (2014a) Dispersal of larvae of Margaritifera laevis by its host fish. Freshwater Science 13: 112-123.
Terui A, Miyazaki Y, Yoshioka A, Kaifu K, Matsuzaki SS, Washitani I. (2014b) Asymmetric dispersal structures a riverine metapopulation of the freshwater pearl mussel Margaritifera laevis. Ecology and Evolution 4: 3004-3014.

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